文章読解、「理論」と「慣れ」どっちが大事?
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予備校講師の教え方で人気があるのは「理論」を
売り物にする手法ですが、
本音の部分でもやっぱ「理論」が大事なのでしょうか?
「理論」にしたがってしまうと、
「理論外」のことがでてきたら、どう対処するんでしょう?
本当は「慣れ」が大事だったりするんじゃないの。
「理論」とかいうとカッコいいから。一見説得力ありげだし。
テキストも自分の「理論」に合うものばかり選んで、
「理論外」のがあると「これはダメなテキストです」とか
批判にはしったりして(笑)
そう言う講師いるよねえ。
俺は2さんに賛成。
でもそういう部分をのぞいては慣れ重要。
たとえば、構文分析して、どの部分がまとまりになっていて、
どの部分がどこを修飾しているかわかっても、
それでその文が「読める」、「わかる」わけではない。
さらにその上で、単語の意味をしっかり調べても、
誤読することがある。
慣れがあるほうが、理論を吸収しやすいのでは
英語なんて、沢山解釈の参考書全訳してればそのうち伸びる!
英文解釈慣れれば英作文や文法など直ぐに身に付く!
というような事を繰り返して述べていた。
たとえ理解できても慣れてなきゃつかいこなせない。
「ビッグ・ファット・キャット」の本でも言われてた。
大学受験まで英語の本を一冊も読み通さないことって珍しくないし、
「慣れ」足りなさ過ぎて、それをごまかすために「理論」とか
言ってる感じ
もちろん英語苦手な人に最初から理論は無理。
英語が全然できない(偏差値50スタート)とすると、
まず英語を楽しみ、慣れる時間が必要(自分の考えでは偏差値62〜3まで)。
そのあと理論を習い、またそれをできる限り無意識に使えるぐらいに慣らす。
それがベストだと俺は思う。
語学センスのない奴は多くの理論と慣れ
入試の長文問題レベルの長さの文を何本も暗誦できるやつは
ちょっとスゴイ。
間違いのない理論にばかりたよるようなやり方では
「ひ弱な」知性しか育たない。
間違ったり誤解しながらも、大量に読み慣れて、
そんな中で徐々に理解していった理論こそ、生きた理論!
間違えても身につけようとする姿勢そのものがあるほうがよい。
(慣れ50%、理論50%)
福井は徹底した理論主義。9割5分以上理論だな。
まぁ、この三者(和田、伊藤、福井)の英語(特に英文解釈、長文読解)の場合だけ書いた。
他の科目はどうか知らないが・・・・
僕は「慣れ」派
僕は「理論」派
「理論」派はどうやって理解してるんだろうね。
「理論」に合わない表現は理解できない?
それともいちいち語源から探索するんでしょうか。(無駄の極み)
「慣れ」ってのこそ無駄の極みだということに気づきました。
「理論」派、敗北
つかえるところだけつかえばいいんじゃない。
フィクションの有用性ということでね。
(したがって全面的な信頼は危険)
23>常識が慣れだと思うあなたは「間違っています」
常識というものは会得しようとしなくても自然に身につけるもの。慣れというのはある程度意識するものです
あとこういう議論は結局どっちかに決めるのはムリじゃん?それなのにそうやって一方的に勝敗をつけるとか・・もう低脳としかいいようがありませんよね
出た出た、具体性のない一般論→理論派思考停止
どちらがより最善かを考える態度を捨ててる時点で最初から敗北。
相手に「低脳」と罵倒語投げつけるところも、人間の質が低レベル。
理論派のくせに「理論」のよさを示せない。そういう大事なところで勝負できず
常識=慣れ=ネイティブスピーカーの方法に近い
同じ文章を(例えばポーの「黒猫」とか)徹底的に音読繰り返して
いたんだっけかな
そんな感じのやりかたで何カ国語も身につけたそうな。
このやり方は、理論的? それとも慣れ?
ある程度の年齢(中高生)から勉強するなら初めにある程度の理論を身につけてから慣れに入ったほうがいいと思います。
これは慣れ軍の敗北かも。 言い方うざいけど、説得力十分、知能の高さを伺えます。
ピンとこないってある。
そうなると、やはりある程度は慣れからはいって、
それから理論が少しずつ理解できるってところもあるかもしれない。
どっちも必要だけど、優先すべきは継続的な慣れだと思う。
それともわかりやすい理論を語ってくれる人に
出会ってないだけなのかなあ。
慣れの路線でアプローチしても実力が付くのには時間が掛かると思う。
時間がかからないのはどこかでついた実力が眠ってるってこと
理論派?それとも慣れ派?
理論派に相手を「低脳」よばわりしているのがいましたね。
ちょっと考え中。理論派のいってる内容に納得できる部分もあるけど
ここでの理論派の人間性がちょっとひっかかる。
人間は「正しい理論」ってものを持つと傲慢になってしまうものなのか
なんてことも考えて、理論派全面支持に踏み切れない。
そこで書き込むあなたもガキ。俺か?俺はガキでいいよ、別に。
信用できるような人がいう意見にこそついていきたい。
「ただしい理論」よりも「理解したい気持ち」のほうが大事だから
何でもかんでもキッチリ二つに分けて差別化しないと気が済まんのか?
何が慣れ「派」だ、何が理論「派」だ。
派閥作って議論ごっこ、ってか?
両方大切に決まってるだろヴォケ。
慣れと理論との対立構造を作っ
僕はこっち派、あいつはあっち派と決めつけたがるのは、
本当にナンセンス。
何でもかんでもキッチリ二つに分けて差別化しないと気が済まんのか?
何が慣れ「派」だ、何が理論「派」だ。
派閥作って議論ごっこ、ってか?
両方大切に決まってるだろヴォケ。
慣れと理論との対立構造を作って
僕はこっち派、あいつはあっち派と決めつけたがるのは、
本当にナンセンス。
様々な良い点や問題点がうかびあがるって、ゆうじゃな〜い♪
それでいうと派閥対立が、よりよい意見や問題点をうかびあがらせ、
その先ではその対立を「弁証法的」に高度な意見へともっていけるのかも。
ってことで、>51様、せっかく罵倒語までつかって批判したのに
残念!
「両方大切」ってなもっともらしくて実は無意味な正論、斬り!
なるほど。「無意味な正論」か。いい言葉だ。
敢えて意識的に対立構造を作っているようには見えないけどな
そりゃ高度な意見じゃないわいな♪
内容そのものに斬りこむ、意見の鋭さこそ大事。
最初に理論派でいく→理論で通用しない部分にぶちあたり悩む
↓
悩みつつ理論の限界を知り、理解の幅を広める
ってな流れでどうだ!
文法や理論が介入する余地があったか?
1%もないだろ?
日本語も英語も同じ語学なんだから
理論も文法も必要はない。
理論なんていうのはこじ付けに過ぎないと思う。
江戸時代の蘭学者や明治時代の学者達も
理論なんて無しにひたすら多読することで
外国語をマスターした。
これだけ理論が要らないことを示す前例が有るのに
理論派とかが未だにいるなんて
ちょっとおかしいと思う。
外国語マスター?? しゃべれるのに理論なんぞ必要ないって上で誰かさんが言ってるじゃないかその通りだ。
俺らは普段一般でしゃべれる「日本語」を理論なしで理解する。今いってるの勉強科目としての「国語」だ。
そこを受け取り違うと全然ダメだよ。話しがかみあわなくなっちゃうもん。
勉強科目としての「国語」は、ただ文章を理解するだけじゃだめなんだよ?問題を解かなければならない。
問題を解くための理論これは絶対に必要でしょ。頭のいい人なら自然にできるかもしれないし君も頭がよくてそんな必要ないかもしれない。
でもその「理論」の考え方は必要なんです。 もちろん必要じゃないと思う人もいるでしょう。それはそれでよろしい。しかし書店などで理論系のが売れているのはなんだ? よーく考えてみなさい
しゃべる為の実用的な語学としての英語
受験科目としての英語
この二者をそこまで区別して扱う必要はあるのかな?
「あくまで俺達は受験で問題を解く為に理論が必要なんだ」と割り切るのはおかしい。
だってちゃんと根本的な英語力が身に付いていれば
受験科目としての英語なんて何一つ困ることはないもん。
お茶の子さいさいで楽勝でしょ。
点数を取る為に特別な理論が必要だなんて奴は
本当の英語力が身に付いていないんだと思う。
そもそもあなたの言う「問題を解く為に必要な理論」って何?
パラリーとかロジリーとかその類?
あんなのは全く根本的な英語の学力が無い奴ほどが
好んで手を出すものでしょ。
普通に生きた英語力があれば、
受験英語の文章なんて普通に早く正確に読める。
何一つ特別な技法は要らない。
穴埋めや整序の文法問題もあんなのフィーリングで9割取れると思うけど、
どうしても不安なら桐原の英頻みたいなの買ってチェックすれば良い。
文法問題においても「問題を解く為に必要な特別な理論」なんて完全に無用。
いったい受験英語のどこに
「問題を解く為に必要な特別な理論」なんて存在するんだ?
そんな言葉自体が、本当の英語力が身に付いてない奴の
言い訳みたいなもんじゃないかなと思う。
予備校講師らが語る怪しげな「理論」とか必要ないかも。
「理論」的に解く講師の中には解答から「逆算」して「理論」たててる人
いるからね、すなわち現実にはつかえない「理論」
その一方でちゃんとつかえる「理論」持ってる人もいるから話がややこしや〜♪
間違いってことはわかるよねえさすがに??
英語についてか現代文についてか古典についてか
それとも全般に渡っての一般論についてか
えっ?って思った・・
田村秀行氏が現代文講義の基礎問題集の駒沢大学の問題の解説を
読んでいて、かなり痛々しかった。
普通に素直に読んで、普通に素直に解けばいい問題を
極端なまでの論理性へのこだわりで誤読してしまっている。
そこまで論理にこだわる潔癖さには敬意を表するが、
まさに「理論」と「論理」に殉じたといえるような感じだった。
さらにいうと、田村氏、「理論」派であるはずなのに、
「こっちの選択肢のほうが深い/浅い」と主観判断をしてる箇所もある。
「理論」派の旗手にも限界はあったということだ。
「論理」って言葉つかうより、
「なるべく正確に、全体像→細部ってな方向で」という言い方のほうが
いいんじゃない? どうでしょう。
>73みたいに、ジャンル明記で書くといいかも
71,72>う〜む1のスレがそのままきているわけじゃないんだよね。最後のほうでは完全に「国語」
なんだよね。
そこで20が唐突に国語の例を持ち出す。
そのレスに反応したGTP及び数人にとって
このスレは『英語→国語』に話題が転換したように感じたと推測される。
よって1-26のレスは国語の話題となる。
27は恐らく20の以前のやり取りに参加していたもので
20-26で話題が国語に転化してたのを然程意識せずに
英語の話をしたと思われる。
その27のレスを20-26で国語の話をしていた人達が
「ああ、27は国語の話に、英語の話を例として引き合いに出したのだな」
と>>27を解釈。
ここで27…自分は英語を話題にしている
20-26…自分たちは国語を話題にしている
の擦れ違いが生じたと推測される。
ここから先は、「自分はこれを話題にしている」と
特に明記したレスが73まで無いので、
27と20-26の擦れ違いがそのまま残り、
65で爆発したと考えられる。
まとめると、この擦れ違いの対立構造は
『20によって話題が転換した』と考えた人達
『20でが話題はまだ完全に転化してない』と考えた人達
この両者の対立が軸となっており、
その原因をまとめると、
・1が話題を特定していないこと。
・1-19で英語が話題だったのを>>20が唐突に変えたこと。
・20に反応した人間たちにとってこのスレは『国語を語るのスレ』になったのだということ。
・27(恐らく=65)が21-26達に一足遅れた為、
彼にとってはこのスレはまだ19以前の『英語を語るスレ』であったこと。
・その後に、殆どの人がジャンル明記をしなかった為、
20-26派と27の擦れ違いがそのままになってしまったこと。
となる。
全ての発端はと言うと、
1がジャンルを特定しなかったことに結局なる。
受験の国語、特に現代文で多々いるようだが、それはホントのところ、
どこまで有効なんだろうかと思うことがある。
「論理」、「理論」、「公式」、「客観性」よりも、
「内容の方向性」や「文や部分の関係」や「本文理解」を重視するという方が
安全だし良心的なような気がする。
「理解したい」って気持ちを「慣れ」の中で育てることのほうが、
「理論」や「論理」の把握よりも、まずは重要でしょう。
理解力を高める語彙を増やす作業も、慣れて身についたものこそホンモノ
かつて代ゼミでながらく東大現代文を担当してたとある先生は、
(同じようにながらくZ会の東大問題の解答者だったらしい)
大事なところに線引き、
難しいところをわかりやすく解説するだけだったらしい。
小学校高学年から中学三年までなら慣れ・理論両方
高校以上は理論。
よくマスコミに取り上げられているだろ?
「小学校○年で英会話力抜群!」とか「△歳で□検定所得!」って。
ああいう、天才少女・少年といわれている奴らは、
慣れたんだよ。毎日英会話教室とかに通っていて。動詞が〜とかって文法教えてもらってないだろ。
だから、幼少期の親の熱心な教育が秀才と鈍才の分かれ目だと思う。
といっても、ほんの一握りだがな。
あぁ、このスレは高校生諸君を対象とした内容だったな。汚してすまん。
理論だ!
慣れ中心で。
現代文に関していうなら、理論の前に、難しい評論用語に
頭を慣らせ
行こうと思えばどっかの大学行けるわけだしさぁ。どうしても東大っていうレベルの高い浪人もいることだしさ。キミは間違ってる
ようは勉強を怠けた&実力と大学のレベルを考えなかったやつらなんだから。
正しい判断は必要だ。
実力と大学のレベルを考えなかった←みんな当てはまるのかな? あんまキミはしゃべらないほうがいいよ恥かくから
実は「思考停止」になってる人いない?
理論通りでできてるつもりでも、ホントは理解できてないってやつ。
便利に見えるものの落とし穴。
あたまをつかうように慣らせ!
しかも俺浪人じゃないしねw
浪人じゃないなら、いちいちむきになんなよ。
ァ '`,、'`,、'`,、'`,、(´▽`) '`,、'`,、'`,、'`,、
「偽物」の知識でしかない人もいる。
高校1年、いや中学生であっても、正しい方法、正しい考えを
体得し、実践してる人がいる。
大事なことは、何がよりよいかを考え続けること、
それと信じたやりかたをそれなりに継続して実践してみること。
継続する意志は、理論でなく慣れのなかで体得していくしかない。
継続できる意志があって、はじめて理論的なやり方が生きると思う
何が言いたいの?
>高校1年、いや中学生であっても、正しい方法、正しい考えを
>体得し、実践してる人がいる。
高校一年って前述しちゃってるし
別人だよん。
理論とかむずかしいことよくわかんないけど、
文章読むのは好き。なんか考えるのもちょっと好き。
俺は英語に関して言えば、自分で最速に読み解けるテクニックを探し出し編み出した。
ありとあらゆる有名講師の参考書を買い込んで研究しまくった。
過去問、模試も研究した。
そして今や全国順位一桁に登りつめた。(英語だけね)
今から、漢文についても研究するつもりだ。
社会に出てからも様々な形で応用が利く理論や慣れを強要する君達、
頑張ってくれたまえ。俺は受験にしか通用しない、実用性のかけらも無い
テクニックの試行錯誤をするぜ。
これ常識。
うちらが現代文解くみたいみたいにあっちの人達は使うよ。
ただあっちの人達が使うってのは英語ができる人達が使うってことだから日本人は使いこなせなくて批判する人が出てくると。
109は基礎と正攻法が木賃と使いこなせる人だと思う。
自分が問題解くときには、実は「正攻法」で解いている。
テクニックはあとづけ、理由でっち上げ調。
解答から逆算してテクニックをでっちあげる講師も多数。
受験にしかつかえないテクニックって、
そのテクニックに合う過去問にのみ有効。
ホントにつかえるテクニックなら、受験限定でなく、
ある程度の普遍性があるはず。
受験時代に学んだ、実用的なテクニックをちゃんといかしている。
「受験だけでなく、これからの勉強でもつかえるから」って教わって、
半信半疑だったけど、今あらためてその意味がわかるようになった。
考えてみれば、受験現代文用の文章なんてない。文章は文章。
だから、文章そのものをしっかりとらえるようにする訓練は、
今にして思えば、ホント、やっておいてよかった。
バカみたいにシンプルなやりかたが、何だかんだいって、
今でも一番役にたっている。
どっちも大事じゃよ
T:Technician
P:Person
の略だそうだ。
> 決まってるじゃん
そういう貴方こそ、結論付けているのでは?
どっちか不必要なものがあるわけ?ないでしょ。ふつうにあるわけないでしょ!
慣れだけでいい?理論だけでいい? どっちも大事だろうが!
決まってるじゃん だけみれば「こいつも決めつけてる・・」ってなるだろ_
自分の都合のよいようにもってっちゃだめだめよ
高校受験と大学受験の違いが分かるのか?
人が「慣れてない」という状態から「慣れた」という状態に変化したとき、
その人の中でどういう変化が起きたのかが分からなければ、結論はでないな。
例えば、現代文に慣れてない人が訓練により、慣れたという状態になったとき
その人の中で一体どういう変化が起こったのか。
それが分かってはじめて結論がでる。この板でそれが検証できるか?
まずは「慣れ」よう!
検証は充分に「慣れ」て、たくさんのデータを自分の中に刻み込んでから
行えばよろしい。
その間にたくさん「慣れ」て身についたものは決して無駄にならないはず。
とにかく頭をつかおう!
「どっちも大事だ」なんて安易な結論に飛びついて、
考えるのを停止したら、理論も慣れもどっちもいかせない。
あとなぁ125よ。 写すなら「どっちも大事に」ってとこ消すなよ
決まってるじゃん だけみれば「こいつも決めつけてる・・」ってなるだろ_
自分の都合のよいようにもってっちゃだめだめよ
これを見て言ったんだよね? 何が間違ってるか答えよ
> どっちも大事に決まってるじゃん
そういう貴方こそ、結論付けているのでは?
> あとなぁ125よ。 写すなら「どっちも大事に」ってとこ消すなよ
これでいいんだろ?
> だけみれば
一文全て見ても、明らかに決め付けているとしか思えないのだが。
>自分の都合のよいようにもってっちゃだめだめよ
いや、誰が見ても結論付けているとしか思えないのだが。
題では『文章読解、「理論」と「慣れ」どっちが大事?』
とあり、理論か慣れかという事を持ち出している。それに対し、
貴方は「どっちも大事に決まってるじゃん」とどちらも大事であると、
本題から離れ自分の意見を結論として提示してある。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
> だって俺のいってることって事実じゃない?
この一文について、
「119は明らかに自分中心の偏った考えである」
と言っているくせに、貴方が自分中心の偏った考え(「事実である」と)を提示しているのでは?
人の考えが、正しくないと言い、自分の考えが事実であると言っている貴方は、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「自分中心の偏った考えしか持てないエゴイストである」としか誰が見ても、言う事が
できないであろう。
134や135の方が偏っていると思うのは僕だけ? 僕だけじゃないと思うけど・・。
「何が正しいかなんて、人それぞれや、状況によってちがう」
って語るのとおんなじくらい、無意味な正論。
まさに思考停止、判断停止、発展も進化もない。
はっきり言って、偏っている意見でも、それが創造的であったり、
実用的だったり、モチベーションがあがったり、というように、
よりよいものを志向していこうというものに基づいているなら、
じゃんじゃん言えばいいと思うが、
レベルの低い批判にしかならない偏った意見は、マジでつかえない。
理論派でも、慣れ派でも、どっちでもいいが、
評論文のような文章を読むのが好きになる方法、語れる方いらっしゃる?
━━文章読解、「理論」と「慣れ」どっちが大事? スレ━━
=========結論なし================
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜終了〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
何大学出身でつか?
「理論が大事」、「やっぱ慣れ」、「両方」とか、
抽象論ばっかで、そんなんで、結論も議論もへったくれもあるかっての!
例えば、30分(あるいは一時間)文章をしっかり読みこんで
本文内容をわかりやすくまとめた、いい感じの要約が書けたとする。
そんなときに、後から振り返ってみて、どういう方法でその要約を
書いたのか考えてみるがいい。
「理論」に基づいて書いたのか、「慣れ」で書いたのか、
または書くのは「勢い」、推敲は「理性」でとか。
どんな書き方かは、人それぞれちがうかもしれないが、
文章を理解し、それをまとめるときに自分でどういうやり方をしてるか
考えてみれば、その人にとって何が重要か、少しは見えてくるのでは
なかろうか
結局下書きはなんとなく「慣れ」で書いてしまう。
その後で本文と照らし合わせて、本文とずれてないかどうか
チェックして、いくらか手直しして完成。
「理論」で対処してみるけど、ほとんどは「慣れ」でやってるのが
自分自身の実状。
所詮理論なんて感覚の補佐役に過ぎんよ。必要性は高いがな。
うまいまとめ方
「慣れ」た手つきで、要約文へと構成してる。
ちゃんと文になってるかどうか、助詞のつかい方が正しいかどうかは
理論よりも「慣れ」た感覚に頼ってるところが大きいと思う。
急いでまとめるときは勢い&慣れ
感覚が理論を辿ってはいるんだけど、厳密には修正の余地がある。
つまり、慣れっていう感覚が理論を覚えているんだけど、完全ではないから本を見るとかして理論を参照して修正する必要がある。
感覚が理論を完全に把握しているか凌駕しない限り、理論は必要なんだろうけど、実際には理論を完全体現した慣れを得るのは難しいんでしょうね。
>>5、>>16
受験のプロの人の意見も、
参考にしよう。
>>5、>>16
受験のプロの人の意見も、
参考にしよう。
手順としての具体性は見えにくい。
そういえば、現代文の田村秀行氏は、記述解答を自著で説明するとき、
まず解答例を示し、その後で、その作り方について説明しているが、
あれも実際は、先に「慣れ」で解答作成→理論的に後から説明、
って手順でやってるのではないかと思われる。
といわれる。
自著の現代文ミラクルアイランドでも、「まずは思ったように書こう」
といった方向で、詳しい作り方を説明していない。
しかし、講師自身がどうやって解答を作成したのかを本音でそのまま
書くとしたら、ああいう説明にしかならないような気がする。
その逆に書き方を公式化してごちゃごちゃ詳しく書いてる、
同じく代ゼミの青木さんは、モロに後づけ説明だなって感じである。
実際にリングにむけてシュートする練習はしなくていいかっていったら、そうじゃない。やっぱりフォームを忘れないようにするためや、フォームを自分の体に合うように改造
するために、シュート練習しなきゃじゃないかな。
慣れだけってのはフォームを全然知らないでひたすらシュートをすることです。徐々にうまくはなると思うけどやっぱりフォームがきちんとしないと、どこかで壁に当たると思う。
自分の現在の状況を見極めて、どちらを重視するのかが大切。方法論(理論じゃなくて方法論が正しいと思います)を学ばずに闇雲にやってる人は方法論を学んでみる。方法論は沢山
知ってるけど、その使い方がわからないで「頭でっかち」になっちゃてる人は沢山問題を解いてみることが大事かなって思います。
説明がすごく分かりやすい。バランスよくってことだな。
俺もどっちも大事って何度もいってますよね
こういう奴が受かるんでしょうね…勉強しなきゃ…156さん勉強教えてください。
例えば、
内容がちゃんと理解できるように具体化しろ!一点張りの講師、
その一方でやたらと解法や方法論をたくさん示す講師、
どっちがいいと思いますか?
僕は実際の試験に役立つのは前者のような気がします。
文章内容がわかればほとんど解けるし。
後者のは、自分の理論に合わないものが出てきたときに
結局つかいこなぜずに終わります。
もし理論を慣らすとしても、それはもっとも大切なほんの少しのものを
しっかりとつかいこなせるようにすべきなのではないか、
と思うのですが、いかがでしょう。
それもまっすぐに振り下ろす素振りばかりさせていたそうである。
そして、そういう訓練こそが結局は実戦ではもっとも役にたつらしい。
(司馬遼太郎著「竜馬が行く」より)
理論や方法をふりかざす系の講師&参考書は、この竜馬の対極に
あるといえそうだ。
>>148が一番的を射ていると思う
そのただ振り下ろすだけの練習に重大な理論と意味が入っていることを見逃してはいけません。
理論も方法も量からうまれくるものだからです。振り下ろすだけの練習を続けて、実際にその
練習がもっとも実践で役に立つことを知ったとき、そのただ単に量をこなしているとしか思えなかった
行為に重大な理論がふくまれていることに気づくのではないでしょうか。ですからその行動が理論や方法
を振りかざす云々の対極だという結論に持っていくのは誤りだと思います。質とは多くの場合莫大な量から
うまれでてくるものですから、両者を切り離して考えることはもともとできないのではないでしょうか。
「素振りをしていくうちに構え・力の入れ具合などを修正して、最適の形に近づいていく=理論の感覚化」
くらいにまとめてくれ。ややこしいだけの長文は見てて疲れる。
慣れた後に理論を得よ!!
理論と慣れを同時に行え!
感覚の中に理論を見出していくんだから、「感覚の理論化」でしょう。
理論「化」されていくのではなく、はじめからその練習方法には立派な理論が内在しているのだといいたいのです。
感覚の中に理論を見出だすことは、感覚の理論化だろ。
素振りの喩えは、上記の両者どちらにも当て嵌まる。
つまり、素振りによって無駄な動きを削ぐことが感覚の理論化で、それを体に定着させることが理論の感覚化。
そのシステムこそが、>>170の言おうとする「理論の内包」だろう。
感覚と理論は対立しつつも協力関係にある。慣れに頼るのも限界があるし、理論のみでも限界がある。
自らを高めようとするなら理論と感覚の両方に偏らず寄生しないとならない。
観念だから抽象的でスマソ
内在ってのはある意味思いこみ。
理論化したい人の都合によって体系化されたにすぎない。
ただ、そういうふうに理論化された知識は、ある意味有用。
あ、理論を批判してるわけじゃあないからね、念のため
×理論の内包
◯理論が内在する練習法
確かに後付けかもしれないけど、むしろ理論そのものが後付けの産物じゃないか?
経験によって会得したものを形の残るものに書き写して体系化し、「記録」して後の世に伝えていくものの中に「理論」があるのでは?
その「理論」をロードして、後世の人間がインストールして「感覚化」する…
言いたいことを纏めきれてないけど、そういう意味で「後付け」だからってマイナス的な意味にはならないと思う。君が補足したように。
例えば、客観的な解法って、よく耳にする。参考書&予備校で。
正確にいえば、誰が見ても妥当性のある解き方ってことで、
これは正しい論理にもとづいたわかりやすい説明であれば、
比較的誰もが理解しやすい。
その一方で、本文内容の理解って、個人差が大きすぎる。
講師がわかりやすい解説をしても理解できない人もいれば、
解説なしでも難しい評論文を難なく理解する人もいる。
その意味でいえば、客観的な読解というものはありえないと思う。
さてそうすると、解法だけなら「理論」で説明しやすいが、
文章内容を理解することについては「理論」よりも「慣れ」るしかない、
って部分が大きいような気もする。
俺が現役の頃、数学以外は勉強した記憶がなく、また理科の時間にはなぜか国語の教科書ばかり読んでいた。
そんな俺がセンターを受けたとき、数学は140点とまずまず、英語は50点と確率以下。
ただ、国語の現代文は何故か100点で、古文漢文は50点だった。
だからどうした、という話。
古文に関してのケースだけど、高校受験のころは塾で古文とか読んでたんで、
それなりに読めたような気がするんだけど、高校に入って文法覚えて
逆に読めなくなった(文法問題はバッチリ解けるようになったけど)
実際のまとまりのある文章見ると、習った文法で通用しない部分が、
ちょこちょこ出てきてひっかかってばかり。
枕草子の「ありがたきもの」での「すみつけぬ。」なんて180度、
誤読したからね、文法通りにやってさ。
前後の方向性を追って、普通に読んでたヤツはひっかからなかったよ。
素直に考えりゃわかるよなあ、テニスの上達本読んでるだけのやつより、
実際に素振りやったり玉打ちこんでるひとのほうが上達するし。
感覚が理論をとりこむのになんで理論が感覚化するのさ(笑)
つまり、感覚化したということさ。
感覚が自然と理論を行えているってことか…なるほど
日本語の文章って、ものすごいあいまいでモヤモヤしてて、捕らえどころがない。
その漠然としたものひとつの法則やルールで読もうとするのが理論だと思う。
そしてその理論を練習し、慣れて、それを意識しなくても読めるようになった段階が感覚化だと思う。
しかし、その理論を感覚化するのはいいのだが、その理論以外の文章がでたらどうするのか。
おそらく読めないでしょう。しかし逆にひとつの理論を身に着けただけで、
その理論の文章、その理論以外の文章、どんな文章も読めるようになった人もいる。
おそらく、ひとつの理論でどんな文章でも読めるようになった人は、
その理論を身に着けただけでなく、日本語の文章も感覚化できた人なんだと思う。
自分も文章の感覚化ってのがうまくは説明できないが、要はその仕組み、リズム、流れなどが
身に付いた段階なのではないかと思う。つまり読める人ってのは、その理論は入り口に過ぎず、
それを通して日本語の文章自体を感覚化できたのではないかと。
ひとつの理論を身に付けて、その理論が通用する文章は読めるようになったが、
それ以外が読めない。こういう人はまだ日本語の文章が会得できてない人なんだと思う。
また、理論なしに初めから文章がすらすら読めるような人がいるけど、
そういう人は子供の頃から読書に親しんでて、文章ってものが会得できてる人なんだと思う。
ある一つの理論を身につけ、その理論の文章だけが読めるか。
それとも、ひとつの理論で、日本語の文章の世界全体が理解できるようになったか。
この差は、素質やセンスってのも関係してるんではないかと思う。
じぶんなりにね。ただし、誤読しないように。
>182、183様がいおうとしている、
「真に有効な理論は、理解を身近なものとする」って考えは
基本的にはいい考えだし、賛成ではある。
しかし残念なのは、その有効な理論が、
ここではまったく述べられていないことだ。
僕は@文章の方向性を確実におさえる
A意味がわかりにくい言葉は自分にとってわかりやすい言葉に翻訳してみる
の二点が、有効な読解法だと思うのですが、いかがでしょう。
@は筋道を逸れないということで、Aは単純化(和文和訳)のことだろかね?
たとえば、「実存」とかあったら(これも文脈によって意味かわるけど)
これは単純化しないで具体化するでしょう。「世界内存在」とかもね。
あと単純化ですぐ思い浮かぶのは図式化だけど、
図式化されたとしても、文章そのものの意味をとらえられるかどうかは
別問題。
以前、J南予備校の模試で市川浩「身の構造」のもっとも難しく、
抽象的な部分が出題されていたとき、
その解答解説が非常にすっきりと図式化されていたけど、
内容はまったく理解できるような解説にはなっていませんでした。
わかりやすく「翻訳」してない解説でした。
単純化と抽象化←→具体化
と考えている時点で間違っている。単純と簡潔を混ぜてはいないか?
この場合の単純化は具体化とほぼ同義。ものごとを身の回りにあるもので例えて具体化することは、つまり問題の内容を単純にして捉らえるということになる。
抽象←→具体≒単純
>>188の言及は正しい。
それに、図式化した概念を皆が理解出来るという訳では無いが、模試のそれは最大公約数へと作られている。中には理解出来ない者がいて当然だろう。
「語学は慣れ。基本事項を抑えたら、とにかく大量の文章を読み込む。
慣れるまではキツイが、慣れればこっちのもの。」
語学と言っていたがこれは英語に限らず日本語(現代文)、古文、
漢文等も含めた話で言っていたのであろう。
活字を見ただけで目眩を起こす典型的なヴァカですねぇ、大学受験やめたほうがいいですよ。
>191
論理的でわかりやすかったです。おれもそう思います。
>>197
見苦しい自演は止めましょう
それとアンカーくらいつけろや
持論(自論)の正しさのみにこだわる人や、
批判能力がないくせに誰かをけなして得意になってるひとがいる。
このスレッドが、読む力をつけたい人の助けになることを祈りつつ…
合掌
勿論、私もそうなるがな
真面目な意見は興味の無い奴にとっては分からなくて引く内容の場合が多いだろうし。
その現代文教師、雑談でよく英語の話するんだよ。
その時、俺が「理論か、慣れか」って尋ねたら、
上に書いたような返答が来た。
で、その現代文教師、国語に飽きて今TOEIC の勉強しているそうだ。
どっちでもいいから御前ら受験生は早く勉強しろ。
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基礎知識を完全に定着した後、問題を大量にこなし慣れる。
慣れ…長所→慣れれば、問題を解く時、直ぐに答えに行き着ける事が出来る。
短所→慣れるまでに時間が掛かる。
理論…長所→理論をマスターするのに時間が掛からない。応用が利く。
短所→問題を解く時、理論を意識しなければ時間が掛かる。
糞みたいな意見ばっか出してないで参考にしろや
1から全部読んでの投稿だが。
過去レスの方がよっぽど糞みたいな意見だと思うが。
何を意識して読んでるのか。理論みたいなものをもってるのか。
その辺が知りたい。
憶測だがそういう人ってもう、文章の構造が感覚的に分かってんだろうね。
理論とか使わなくても「文章ってこういう風にできてんだ」みたいな。
「あぁ、これはこう解けばいいんだよな」
とわかる。
用は経験。数学との違いは、得た経験を自分で体系化するってこと。
それほどの読書家ってわけでもないのに、
とても国語がよくできる女の子とかっているよね。
(少なくとも僕の場合は、常にクラスに数名そういう女子がいた)
なんでだろう?
どうも理論/慣れ以上に重要なものがあるような気がします
「理論派」系の方に特に聞いてみたい。推測でいいから。
「これでいいや」と思うことしかできない人間になる。
とりあえず物語りに感情移入して、思ったことを書くと答えと当たってるっていうケース。
なんでもいいからとりあえず文字読みまくって、書きまくるとそうなる。
これホント。
━━━━━━━━━議論停滞中━ネタが底を尽きたか?━━━━━━━━━━
掲示板てものはな、毎日毎日書き込みに来る
常連という人たちがたくさんいるんだ。
というより、いつも書き込まれている殆どが、
O
ノ[]ヽ
ノ)
常連であると言える。
常連は、自分のネタを持っていて、
ネタに尽きたら、ただ見ているだけで、発言をやめる。
そして、2chに逝くか、別板に逝く。
さぁ、もうこのスレも終わりだな。
皆言う事は言ったし。新人も来ないし。
削除依頼出すとするか。
現代文読解は理論が大事
教科・科目によって慣れか理論どちらが大事か変わる
解釈の授業で文法かなりかためてるつもりでも、
結局新しい初見の文章で前にやたことがそのままつかえることって、
少ない。
学校や塾でやってる英語ってのがいかに意識的に加工された、
同じ文法や文型ばっかの反復ばかりで、
実際の「生きた」英文とは別物なんだと感じさせられます。
特に模試とか受けると実感
秋に近づくこの時期は
生徒がほしい予備校の
“ちょっと難しくして生徒の偏差値を下げれば
みんな心配して講習にかよう♪”
という予備校の罠にまんまとはめられてしまうんだ!!!
間違いない!!!
なるほど。そういう仕組みだったのか。
理 論 が 大 事
理由根拠は後程。
新書や小説も理論で読むのか。
馬鹿だなぁ。
「慣れ」で読解できない。→生徒が悪い。
「理論」で読解できない。→理論が悪い。
理論は空想
これを聞くと理論的に読み解く方が曖昧な気がするかもしれない。
しかし、理論は解答解説で記載されている知識+明確に証明された物事(基本的理念)を基に
問題に当たり思考し応用する。
応用度が高いが、理論を巧に使えるまで時間がかかる。
慣れは解答解説での知識のみで早々と実践していく。
応用度低。短期完成可能。穴有。
やはり、時間を掛けてもどんな問題にも対応できる力を身につけるには
理論が大事である。
ソレグライリカイシロヤ
に決まっている。
要するに反論できないので、オウム返しってことかw
勉強していない証拠だなw
受験生以外の高1、高2も語っている事を忘れるなww
必死な多浪君w
中3ですが何か?w
ウンコモレソウ…
イミガワカリマセン
理論…陸で水泳の練習をする
慣れ…実際に水に入って水泳の練習をする
どっちが実践的か、馬鹿でもわかるだろう?
つべこべ言わずに勉強に戻ろうw
喪前ら、ドラゴン桜から引用してやると
理論…陸で水泳の練習をする
慣れ…実際に水に入って水泳の練習をする
どっちが実践的か、馬鹿でもわかるだろう?
256 名前:名無しさん [2004/09/22(水) 03:32]
やっぱ理論家
257 名前:名無しさん [2004/09/22(水) 10:04]
>>255
つべこべ言わずに勉強に戻ろうw
258 名前:名無しさん [2004/10/16(土) 11:04]
プッ低脳共
直観や感性・・・教えられない(自分で養え)
慣れ・・・・・・自己責任
溺れ死んだらどうする。
運が悪かったと諦めるw
リリカといいます☆
ある事をしたら日記更新してます。
良かったら遊びに来てくだサイ☆☆
http://www8.kir.jp/lomip/sgm/ril/
論理的思考を前提に慣れることが大切。
自分の読み方を確率することが大事なのだが、その際に田村氏や他の人の
方法をある程度知っておくと役に立つ。そして読書量を増やしていくなかで
既成の理論と、慣れによる自分の読み方とがうまく調和するようになる。
なお慣れのための読書は楽しんで読むようにしてください。勉強の
ためなんて考えると続かなくなります。私は新書などを濫読しながら
参考書で方法を身につけるという二本立てを実践しました。おかげで
大学に入ってからも役に立ちました。新書でお薦めは中島義道「時間を
哲学する」講談社 入不二基義「時間は実在するか」講談社などでしょうか。
どちらも哲学本ですが、どちらも情緒的でなく知的なので、受験にも
プラスになりましょう。文末が後半からデスマス調になってしまって
失礼しました。
まず理論を叩き込み、完璧じゃなくてもいいから
たくさん読んで実際に理論を使う。なれる。
これがベストだと思うけどな〜
267>これがいきつくところの結論では?
A,B教材までは読ませまくって
C教材からはトピックとかパラグラフリーディングの簡略版みたいなんをやりつつ長文読みまくり、
D教材になったら早稲田の過去問とか、
しかも全部時間はかって読むから、速読はかなり強くなる
マーチレベルくらいだったら慣れ(というか才能)で十分可能。
早慶レベルは理論的に読まないとまず無理。
慣れと才能は全然違うが
慶應は無理っす。
順位があるなら目標到達度が高い人は 理論 → 慣れ
目標到達度が低い人は 慣れ
理論は土台。その上に慣れがもっとも効果的。
砂上の楼閣とか付け焼刃のレベルなら慣れでよい。
Why do Japanese/East-Asian people like to flock together? (This is a question about East-Asian Flockism.)
子供の頃、本を多く読んでた奴に、現代文得意な奴が多いけど
それは小さい頃、本を読みながら、自然に理論を習得してきたから。
本人は何気なく読んでるつもりでも、実は小さい頃から習得してきた理論を
無意識のうちに使って読んでいる。いわゆる「慣れ」で読んでる状態。
苦手の人ってのは、自分の中に何の理論がないわけで、
改めて他人から教えてもらう必要がある。誰がいいかは知らん。
というわけで、ひさびさのage
So do western people.
About 100years ago they had the strong discrimination,you know.
恋愛は、理論と慣れと背景知識のどれが大事?
SEXは、理論と慣れと背景知識のどれが大事?
スポーツは、理論と慣れと背景知識のどれが大事?
人生を生き抜くためには、理論と慣れと背景知識のどれが大事?
まあ、理論でないことは確かだな。
文章の構成とかリズムみたいなのが、なんとなく分かってくる。
感覚的にだけど。
この感覚を言葉にすると理論になるのかな。
言葉にするのは難しいけど。
文章の構成とかリズムみたいなのが、なんとなく分かってくる。
感覚的にだけど。
この感覚を言葉にすると理論になるのかな。
言葉にするのは難しいけど。
今では素直にそう思う
そこからだ
それを極めたモノが理論だ。
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http://pjrkwvdr.com/wecr/gqyw.html | http://qastmvre.com/opye/ixga.html
最近俺が読んだ本の中では、これがわかりやすかったよ
http://www.7andy.jp/books/detail?accd=31808269
それが重要
うわぁああああああああああああああああ
ttp://page9.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/k43736773
慣れ、つまりは量で勝負するのも良いが時間が掛かし、個人の能力の問題になっ
てくる。でもそれも無意識に「自分なりに論理的に読み取り、理解する」という
訓練をしているに過ぎない(無意識だから身に付きにくい)。
「自分なりに論理的に読み取り、理解する」という訓練を数多くこなすのが良い。
もちろん文を読む楽しさもあればなお良い。評論などで自分の考えと違うと思う文章でも
有益になる場合もある。
ttp://page9.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/k43736773
まず自然読みで解いてみて、間違ったところは解説書で修正。
多くの問題を解き、自分の間違うパターンみたいなのが感覚でわかってくる。
そこを理論(こういう場合はこう読め!みたいな)で修正。