古文質問スレッド
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名前:
名無しさん@日々是決戦
:2004/01/11 02:28
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単語の読みを答える場合、..
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121
名前:
あるところで古文を教えている人
:2010/08/11 10:05
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すまん、僕は関東の人間なんで、関西の問題はあまり解かないんだよ。
誰かわかる人、アドバイスしてあげてね。
それから、僕も悪かったんだけど、ここは古文スレッドだからさ、なるべく質問はわけようね。
自分の書いたことに補足。
「縁は異なもの味なもの」って、男女の縁にしか普通は使わないからね。
受験生がたくさん見ているのにああいう誤用で書き込んでしまってすまん。
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122
名前:
匿名さん
:2010/10/16 14:14
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ある、参考書をやってて、
死ぬべき時に、「かくこそ思いしか」といひけるを、~
という文がでてきまして、
その参考書では、「~」の所を、こそー已然形で逆接とありました、
でも、オレの知ってるのは、
こそー已然形、~と以下文が続く場合、逆接強調とならいました。
この文を逆接でとるのは分かるんですけど、
会話文で「こそー已然形」となっているときって、
こそー已然形。じゃないんでしょうか?
会話文の時って、文章は続いているってことになるんですか?
ちなみにここの訳は、「このように思っていたのにぃー!」でした。
もう一つ同じとこなんですが、 死ぬべきときに です。
ここは、たしか「死にそうなときに」くらいだった気がするんですが、
解説に、恋わずらいで病気になったとかいていましたが、
そんなんでほんとうに死にそうになるのでしょうか?
ここは、ただ強調したくていってるのかな?とか思っていたら、
ほんとに死んじゃいました・・・・びっくり!!
そして、ここの「べき」の意味が推量だとも書いてありました、
なんとなーくわかるような気もするが、しっくりきません。
なんで推量なのに・・・って感じです、古文って結構そういうの
ありますよね?(オレだけ?)
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123
名前:
あるところで古文を教えている人
:2010/12/17 17:30
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おっ? 伊勢物語の「行く螢」でしょうか。
わかる範囲でお答えしますが、僕は予備校講師であって研究者ではありません。
そこんとこだけは了解しておいてください。
まず最初の質問、
> 会話文で「こそー已然形」となっているときって、
> こそー已然形。じゃないんでしょうか?
ですが、そもそも古文に句読点は存在しません。表面上の違いと割り切りましょう。
そこで文が終わっているか、それとも省略された続きがあるのかという視点で考えます。
もし終わっていた場合(あなたの言う「已然形。」だった場合)、
省略はないわけで、この「こそ」は単なる強調の働きしかしていません。
訳すなら「このように思っていました!」って感じでしょうか。
もしこの後ろに省略があった場合、この「こそ~已然形」は逆接の働きもすることになります。
省略されている内容を補って訳すなら、
「このように(男を愛しく)思っていたのに、告げずに死んでしまうのね…」って感じ。
ここは「会話文だから続いている」のではなく、文脈上、省略された続きがあると考えるのです。
続く。
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124
名前:
あるところで古文を教えている人
:2010/12/17 17:30
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次に
> 解説に、恋わずらいで病気になったとかいていましたが、
> そんなんでほんとうに死にそうになるのでしょうか?
ですけど、まあ文字通り「話半分」で聞いて欲しいところではあります。
でもね、昔の人たちは現代人より感受性が遙かに豊かであったのはたしかのようです。
源氏物語や枕草子など、古文を読んでいると、月を見ては涙を流し、花を見ては涙を流し…
と、ずいぶん大げさな表現が続くようですが、本当に泣いていたようですしね。
それから「病は気から」なんて言葉もありますが、
古文で「なやむ」と言えば病気のことを指すように、
精神状態が肉体に及ぼす効果も、現代人には比べものにならなかったようです。
これだけ科学が発達した現代だって「プラシーボ効果」というものがあるくらいです。
信心深かった古文の世界の住人なら、恋の「悩み」で本当に病気になってしまってもおかしくないのかもしれません。
まだ続く。ごめんね。
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